日本の平和と安全は江戸時代から高いレベルに達していた!

日本に来る外国人は、日本の安全について次のように言います。

  • 「日本は女性が夜一人で出歩いても大丈夫な国だ」
  • 「日本ほど安全な国は他にはない」
  • 「どこかに忘れ物をしても、誰かに持ち去られず手元に戻ってくる」

 

日本で生まれ、日本で育ってきた私達からすると、驚くことではなく普通なことだと思ってしまいます。

しかし、外国ではそうではないようです。

私達は、なぜ日本が安全な国なのかを知っておく必要があります。
そして日本の安全を守ってくれている、警察、消防、保安、自衛隊などで働く方々に対してもっと尊敬しなければいけないでしょう

日本の平和と安全の歴史について日本の歴史をさかのぼってみます。
じつは江戸時代からすでに高いレベルに保たれていました。

 

平和・安全

戦国の時代が終わり、徳川家康が江戸幕府を開いてから国内では戦がなくなりました。220年間です。

この記録は世界の歴史の中でいちばん長い記録です。

戦があると世の中が乱れます。世の中が乱れれば、どさくさにまぎれて悪いことをする人間だって増えるでしょう。そうなったら人々は安心して暮らせません。

ところが江戸時代は戦がなかった。

戦が出来ない社会の仕組みを作ったのです。

皆さんも学習して知っていると思いますが、三代将軍家光のときから、幕府は、各藩主に参勤交代を命じました。藩主は一年ごとに、江戸と自分の領地とに交代ですまなければなりません。この引越しのために藩主は莫大なお金を使わなければなりませんでした。戦にはお金が必要です。各藩主に戦を起こさせるようなお金をためさせないためのひとつの方法が参勤交代でした。また、妻子などが人質として江戸に住まわれました。これでは、幕府に対して反乱など起こせません。しかも、それぞれの街道には関所を作って人の動きを厳しく制限したのです。

戦がなく世の中が安定してくると、当然、犯罪も少なくなります。

そうなれば、安心して旅にでることができました。

松尾芭蕉はあれだけ長いこと旅をしたにもかかわらず、一度も盗賊にあわなかったのです。加害では考えられないことです。

人々が安心して暮らせる世の中は、文化が発展します。鎖国をしていたので日本独特の文化が発達しました。この時代こそハンチントン博士の言う日本文明圏をしっかりと形作ったと言えます。

徳川幕府は、それに大きく貢献しているのです。

この時代は、犯罪や事件が少なかったばかりではありません。

事件がおきても必ずと言っていいほど、犯人をつかまえてしまったのです。

犯罪に対してそれをつかまえる割合のことを検挙率といいます。

江戸時代には100%近い検挙率だったのです。

これって驚きだと思いませんか。

江戸の街だけを見ても百万人の大都市です。これだけ人がいれば悪いことをする人間だってたくさんいてもおかしくはないでしょう。

しかし、犯罪は少なく、検挙率は高い。犯罪を見のがさない社会の仕組みがしっかりと整っていたといえます。また、捕まえるための技術も高かったのでしょう。

そして、最も影響していたのは、人々の道徳心の高さです。

正しい行いをする。人に迷惑のかかることはしない。そんな社会だったのです。

犯罪率の低さ、検挙率の高さは現代でも引き続いています。もちろん、江戸時代ほどではありませんが、日本は安全という点で、今でも世界に誇れる国です。

ところで、私は、人間が暮らしていく上で、「安全」は「食料」と同じくらい大切なものだと思います。

みなさんはどう思いますか?

大切なものは、失くしてみて初めてその重要さに気付くもの。でも、それでは遅いのです。

小学校三年生の社会化でも、「安全を守る仕事」という単元を取り立てて学習しています。それだけ重要だからです。

現在、世の中の安全を守るために自衛隊、警察、消防などの人たちがよく知られています。しかし、この人たちを尊敬しようという雰囲気が、わが国ではあまり感じられないのではないでしょうか。本来ならば、もっとこの人たちの仕事を尊敬し、感謝すべきだと思います。

私は、皆さんが、安全を守る仕事をしている人に出会ったら、感謝の態度を表してもらいたいと思います。立ち止まって「こんにちは」とあいさつしてみたらどうでしょうか。そうすることで、働いている人は、今まで以上にやり甲斐を感じて仕事に取り組むでしょう。それがさらに日本の安全につながるのです。

引用 世界の奇跡、ニッポン


 

 

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