日本の武士道精神は素晴らしい!日露戦争における会見の一幕

「正々堂々と戦ったのだ。負けは恥ずべき姿ではない。」

日露戦争で敗北を喫したロシアの将軍をこうねぎらったのは、日本の将軍「乃木希典」です。

人としての器の大きさが垣間見えます。白人であるロシア人にとっては信じられない出来事だったようです。

植民地主義の白人は、武器を持たない有色人を億単位で虐殺してきました。また、戦いに負けた有色人も当たり前のように虐殺してきました。

なぜそのような残酷なことができるのか?

それは、「有色人は人間ではない」と考えていたからにほかなりません。白人こそが地球上で一番優秀で一番進化していると考えていたのです。

なので、有色人種は家畜である馬や牛や鶏と同等であり、殺しても何の罪も感じなかったのです。信じられないことですが、植民地時代の白人は、この考え方が常識だったのです。

白人至上主義の植民地支配とは、歴史教科書では大航海時代などと聞こえがいいような書かれ方をしていますが、実際は、白人による残虐非道の世界支配時代です。

戦いに負けたら死あるのみ、これは大東亜戦争での米軍や英軍の行いからも見てとれます。

話を元に戻しますが、日露戦争は、日本が冷酷非道な白人至上主義に対して、寛容、誠実、優しさ、そして人間の人としてのあり方を白人に示したのです。

 

 

乃木将軍について

日露戦争全体を通して、この戦争の勝敗を決めるいちばんの山になったのが旅順要塞の戦いだと思います。この勝利がなければ日露戦争の勝利はなかったといえるでしょう。

戦いのあと、乃木将軍とステッセル将軍が話し合いを持ちました。水師営(すいしえい)という場所で行ったので、「水師営の会見」と言われています。

乃木将軍は、負けた将軍にも腰に刀をさして会見することを許しました。

「正々堂々と戦ったのだ。負けは、恥ずべき姿ではない」

と、相手にも軍人としての正式な服装で会見することを認めたのです。

今までの世界の常識ではありえないことです。

負けた相手を思いやる態度が、あとで述べる武士道精神、「武士の情け」として世界中で評判になりました。

ところで、司馬遼太郎の『坂の上の雲』で乃木将軍は無能な大将として描かれています。しかし、私はそうは思いません。乃木将軍が無能だという意見に反論している本も出ています。私も有能な将軍だと信じています。

会見の様子を歌った歌『水師営の会見』という歌があります。昔の日本人は、学校で教わっていたので、誰でも知っていました。

私は祖母から教わりました。とても好きな歌で、時々、口ずさみます。

日本の危機を乗り越えた日露戦争を忘れないためにも、二十一世紀へ歌いついでいきたい歌だと思います。

水師営の会見
 作詞 佐佐木信綱
 作曲 岡野 貞一


旅順開城約成りて
敵の将軍ステッセル
乃木大将と会見の
所は何処水師営


庭に一本棗(なつめ)の木
弾丸あともいちじるく
くずれ残れる民屋に
今ぞ相見る二将軍


荷着将軍はおごそかに
みめぐみ深き大君の
大みことのり伝うれば
彼畏みて謝しまつる


機能の敵は今日の友
語る言葉もうちとけて
我は称えつかの防備
彼は称えつわが武勇

引用 奇跡の国ニッポン

 


 

 

 

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