日露戦争の日本勝利は欧米列強にも植民地各国にも大きな衝撃を与えた!

20世紀の初頭、日本とロシアの国力の差は十倍ありました。

白人国家の雄であった大英帝国でさえロシアとの正面衝突は避けていたのです。そのロシアに対して東アジアの小国であった日本が1対1の戦いを挑んだのです。

「格闘家に見習い中の若き学生が、ベテランのプロ格闘家に勝負を挑む」

この例えが大げさでないくらいの国力差です。誰がどう見ても見習い中の学生がプロ格闘家に勝てるはずがない、誰もがそう予想していました。

ところがです!

予想に反して結果はそうはならなかったのです!!

陸戦では、お互いがボロボロになりながらも、形勢を左右する大勝負では見習い中の学生が勝利をおさめました。

海戦においては、一発ノックアウトで、見習い中の学生が文句なしの勝利をおさめました。

有色人種の小国であった日本が、世界最強とも言われていた白色人種国家のロシアに勝利したのです!

この結果は、当時の世界の常識からすると、天地がひっくり返るほどの大事件で、衝撃的な結末だったのです!

イギリスは、日本と同盟国でしたが、白人国家が有色人種国家に負けたことに衝撃を受けました。

アメリカは、それまで日本と仲良しの関係でしたが、日露戦争後から日本を敵視するようになりました。

インド、トルコ、インドネシア、エジプト、中国などの植民地は、自分たちが勝利したかのごとく日本勝利を喜びました。

フィンランドやスウェーデンは、ロシアから嫌がらせを受けていたので日本勝利を大変喜びました。

世界中の植民地の人たちは、「日本にできるなら自分たちにもできるはずだ!」と勇気を持つようになったのです。世界を支配する白人達にとっては、これは見過ごすことができない変化でした。

では、日露戦争を詳しく見てみます。

 

 

日露戦争(2)日本の戦い

日本は、満州(中国東北部)を占領しているロシア軍を攻めていきました。

仁川上陸、遼陽会戦(りょうよう)、沙河の会戦(しゃか)、旅順要塞攻撃(りょじゅんようさい)、黒溝台(こっこうだい)、奉天(ほうてん)と、日本軍は勝ち進んでいきました。

これには、世界中もびっくり仰天です。

特に、絶対に落ちないといわれた旅順要塞(要塞とは基地のこと)を落とした乃木希典(のぎまれすけ)大尉の名は、世界中に知られるようになりました。

そして、海の戦いです。

1905年5月、世界最強と言われるロシアのバルチック艦隊が日本海にやってきました。

迎え撃つは東郷平八郎(とうごうへいはちろう)率いる日本連合艦隊。

戦いの作戦は、若き参謀秋山真之(あきやまさねゆき)がすべて任されました。

参謀とは、作成を考える役目の人です。

果たしてその結果は。

またまた、日本の勝利です。

その勝ち方がすごい。敵の船をほとんど全滅させたにもかかわらず、日本側は、ボートのように小さな船が三隻沈んだだけです。

サッカーにたとえれば、10対0の試合とでも言えるでしょうか。

世界の海戦の歴史の中で、こんな一方的な勝敗がついたことはいまだかつて一度もありません。日本の連合艦隊が、世界最強の艦隊に勝利したというだけでも、奇跡的な出来事です。さらにその勝ち方も奇跡的です。

ロシアの周りの国の人や有色人種の人々は、抱き合って、自分のことのように喜びました。

例えば、ロシアのとなりにトルコという国があります。いつもロシアからいじめられていました。そのトルコでは、お祭り騒ぎです。生まれてくる子供に、「ノギ」とか「トーゴー」という名を付けました。

同じく、ロシアが負けて独立を果たすことができたフィンランドでは、記念に「トーゴービール」が発売されたくらいです。

引用 奇跡の国ニッポン

日露戦争(3)日本の勝利と世界の反応

 

ロシアは、このあと、アメリカの仲裁を受け入れて戦争が終わります。

この戦争は、ロシアが日本に降伏したわけではないので、日本の勝ちでもなく、ロシアの負けでもありません。確かにそういう終わり方なのかもしれません。

しかし、世界はそうは見ません。日本の勝利なのです。事実、日本は各地の戦いですべて、ロシア軍を打ち負かしているのです。

もう一度言います。

日露戦争は、日本の勝ちなのです。

世界で始めて、有色人種の国が、白色人種の国に勝ったのです。

弱いものが強いもの飲み込まれてしまう弱肉強食といわれていた時代のことです。日本は、自分よりも十倍も大きな相手に打ち勝つことができたのです。そして、自国民を守ることができたのです。

日露戦争の結果について、当時の世界各国の有名な人の言葉や賞賛の様子をいくつか紹介します。

・インド独立の父 ネール十四歳のとき
「日本の戦勝は、わたしを熱狂させた。新しいニュースを見るために毎日、新聞を待ちこがれた。わたしが剣をとってインドのためにたたかい、インドを独立させた英雄になることを夢見た」

・インド革命家 ビハリ・ボース
「東洋は、この戦勝によって目覚めた。トルコをはじめ、フィリピンまでも東アジア民族が立ち上がろうと希望をもったことは、歴史の事実だ」

・中国革命の父 孫文
「日本が、一弱小国でありながら、がんばって強くなり、ロシア帝国を打ち破ることができたことは、わたしの精神に最も大きな刺激を与えた。そこで、母に許しを願い、日本で学ぶことにした」

・エジプト民族運動の指導者 ムスターファ・カミール
「日本人こそは、ヨーロッパに身のほどをわきまえさせてやった、ただ一つの東洋人である」

・フィンランド・スウェーデン
日本の勝利に喜び、「トーゴービール」という何のビールを作った。

・アメリカの黒人たち「カラード・アメリカン・マガジン」という雑誌
「日本の行動の最も重要な点は、アジアとアフリカに考えるべききっかけを作ったことだ」

・アメリカのある公民権運動家
「日本が白人優位の人種神話を葬り去った」と全米で演説

オックスフォード大学講師アルフレッド・ジンマー
「本日のギリシャ史の講義は中止する。その理由は、現代の世界で起こった、あるいは、これから起こると思われる歴史的に最も需要な大事件について、みなさんに話をしなければならないからである。」

(『大東亜戦争はアメリカが悪い』鈴木敏明 碧天舎より)

どうですか、皆さん。世界中の人々が日本の勝利にびっくり仰天し、わくわくしているのがわかります。

ここえ、もし、日本が負けて、ロシアの植民地にされていたらどうなっていたでしょう。

日本人は差別を受け、奴隷にされていることでしょう。日本は存在していないかもしれません。想像しただけで恐ろしくなります。

それを食いとめるために兵士たちは、一丸となって戦いました。自分の命を顧みず、国を守るために戦いました。多くの犠牲者も出ました。

兵士ばかりではありません。日本中がひとつにまとまって、協力したから勝てたのです。そのおかげで今の日本があるのです。

わたしたちは、先人たちに、感謝しなければなりません。

日本の奇跡の勝利は、当時、白人から支配されていた有色人種に大きな、大きな夢と希望を与えた出来事であったといえます。

引用 奇跡の国ニッポン


 

 

 

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